incho.gif
 院長:茂木信道の診療室へお越しの方はコチラからど~ぞ
 2005年3月以前の旧院長室はコチラからどうぞ
笑点の中の人として
2018年07月04日 (水) 22:18 | 編集
 
ものすごく風の強い水曜日、ランニングをしようと海岸に出ましたが、砂が身体に当たって痛く、コースを変更したのは言うまでもありません。
途中で鳥のフンが左肩に、、、ウンがついたと考えるようにしました。
昼過ぎに市役所へ宿題の束を受け取りに行って、ついでに先日失くしたカメラがあるかどうか、駅に問い合わせに行ったりして、、、ついでに崎陽軒のシウマイを買ったりして。
午後は診療室にこもって、事務仕事やら宿題やら学術的な調べ物やら、、、あ〜何もすることがない休診日が欲しい。
夜は「ヤオコー」に行って、半額見切り品を漁るというのもお約束の所業です。

さて、話は変わって、、、
一昨日に亡くなった桂歌丸さんですが、やはり歌丸さんといえば「笑点」の大喜利のイメージが強いです。
おいらが幼少期の頃に、父親が好んで視ていた「笑点」を、隣で一緒に視ていたのが、桂歌丸という噺家さんを知るきっかけだったわけです。
当時の司会者は三波伸介さんで、歌丸さんは回答者、、、どちらかというと先代の圓楽さんが優等生的なプリンスキャラで、歌丸さんは実力派の優秀な対抗馬キャラのイメージでした。

笑点の歴代司会者は、初代・立川談志、2代目・前田武彦、3代目・三波伸介、4代目・三遊亭圓楽、5代目・桂歌丸、6代目・春風亭昇太、、、まぁ錚々たる顔ぶれなわけですが、個人的には三波伸介さんの仕切りが好きでした。
三波さんは、元々落語に造詣が深かった事もあり、並み居る若手(当時)落語家達を相手に大喜利を取り仕切り、落語家の丁々発止による掛け合い、ブラックユーモア的な笑いも当時の少年心に新鮮でありました。
その後、20年以上に及ぶ先代の圓楽時代が続くのですが、ちょっと上品すぎて、個人的にはあまり好きではありませんでした。
その後の5代目司会者の歌丸さんの時代が10年続くわけですが、三波さんの時のようなブラックなやり取りも復活して、「あ〜この人って、実は三波時代の大喜利が好きだったのかも、、、」と思ったものでした。

笑点の司会を辞めるに当たっても、当時ですでに相当にお辛そうでしたけど、それでも最後まで時には自身の病気もネタにして笑いをとって、本当にプロ中のプロでありました。


eroigh.jpg



スポンサーサイト
Powered by . / Template by sukechan.