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告別式〜広島のこと
2017年01月19日 (木) 22:20 | 編集
 
朝から大庭斎場に行って同窓会の先輩の告別式に出席してきました。
最強寒波ではなくなったので、クルマの誘導係をしていても寒くはありません、、、と思ったのは最初だけ、やはり身体を動かしていないと徐々に芯から冷えてきます。
告別式はしめやかに執り行われましたが、やはり68歳の旅立ちは早いですね。


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さて、写真は今月4日に新千歳から那覇まで飛行機に乗った時に眼下に見えた広島市街です。
これと同じような光景を原爆投下したエノラ・ゲイ号の乗組員も見ていたかと思うと、複雑な心境になります。

当時の原爆投下の候補地は、市街地が3マイル(約4.8キロメートル)以上の直径を持つこと、また市街地周辺にも居住地が広がっていること、とされていたようです。
また、目標とする都市が、基地や工場のある戦略的価値を持つこと、比較的大規模都市であることが条件とされ、東京湾、川崎市、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、呉市、広島市、山口市、下関市、小倉市、八幡市、福岡市、熊本市、佐世保市、長崎市の17都市が候補に挙がりました。
しかし、既に空爆をした都市は除外され、原爆の威力が分かりやすい都市という事で、横浜・京都・広島・小倉の4つが候補になったとのことです。
よく言われることですが、アメリカが戦後に日本を占領して統治する際に、歴史的建造物や文化財の多い京都を壊滅させると、日本人はアメリカを徹底的に憎むだろうということで京都市の除外が検討され、その代わりとして後に新潟市が候補に挙がったのだそうです。それでも、ほぼ無傷だった京都盆地が「実験には最適」と言い張る軍関係者は多かったようです。
その後の1945年6月に京都と横浜と新潟が外され、長崎が候補に戻って、最終的には広島市、小倉市、長崎市の3つに絞られました。
また、「実験の成果」を調査する際に、サンプルとして人体への影響を調べるにあたり、避難が行なわれないようにするため、原子爆弾投下の事前警告をしないことが決定されました。

8月3日以降に目視可能な爆撃が行えるのが条件ということで、高気圧が張り出す8月6日が決行日とされ、第1目標は広島市中心部と工業地域、予備の第2目標が小倉市中心部、さらに予備の第3目標は長崎市中心部とされ、8月6日の午前1時45分にエノラ・ゲイ号がテニアン島から日本に向けて離陸したのでした。

合掌



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